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第7日 洋光台〜六浦(その2)     

                   (歩いた距離 17.4km  2002.06.29)

 案内板に従って関ヶ谷不動堂に行く。滝や池で小じんまりした庭が整備されている。

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 能見堂跡に行く。

 高台を開いた草のある広場になって
いて、「金沢八景根元地」の石碑が
立っている。

 周りに木々がなければ、見晴らしが
よいところである。

 能見堂は、「最も栄えたのは天明年間(1781〜88)頃で、
『金沢八景詩歌』『金沢八景案内子』などが出版された」という。

 明治2年(1869)に火災に遭い、焼失した。現在は建物は残っていないが、
客殿と地蔵堂の柱の位置に礎石を埋めて昔をしのばせている。

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 切り通しの坂道を下り、住宅地に出ると
庚申塔が立っている。

 金沢文庫駅の踏切の近くに来る。
三叉路になっていて、
「右能見堂 保土ヶ谷道 左江戸道」と
書かれた道標がある。

 踏切を渡り、東へ少し行くと称名寺の赤門にでる。

 称名寺は第2日目で行っているので今日は入らず、右折して八幡神社を通り、
金沢八景駅に出る旧道を行く。

 16号に出る前の右側に、姫小島跡がある。
 この中の島を、説教浄瑠璃の小栗判官の恋人照手姫が「この島にて松葉いぶしの難に
遭いたるを土地の人哀れみ呼んで姫小島という」。

 ここはかつて漁村であったが、江戸時代に干拓したところで、
当時の水門が復元され小公園になっていた。

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金沢八景の駅前を通り越し、浦賀道と六浦道の分岐点を探す。16号を下る。

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 泥牛庵を左に見て、
六浦町で左折し侍従川にかかる侍従橋を渡る。
 実際の浦賀道と六浦道の分岐点は
その上流の諏訪之橋であるという。

 六浦駅に出て、帰宅する。

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